ねばならぬこと多からじ
 私は料理の世界に入って二十年になります。どれほど多くの発見があったかとても書ききれませぬ。なかでも“こうあらねばならぬ”といったカコイのようなものが、自分の実践によってはらりはらりと落ちていく小気味良さ。

 フキも竹の子も昔はくるくると皮をむいてから茹でていた人が一杯いたのに、いつのまにかフキは塩もみしてから茹で、水にさらし、それから皮をむく、というのが正しい方法といわれ出し、竹の子も皮ごとヌカで茹でるのだ、これが正しい、これっきゃないと。

 そうかなァ、そうやろか?もしそうなら、昔の人が、子どもの頃に、竹の子の皮に梅干しくるんでチュッと吸うなんてこと出来たかしらん。外がわの固い皮やなしに、きれいな皮でくるむからこそ吸えたんでしょ。

 私自身は梅干しチュッは経験ないけど、聞くところによると、なるべく内がわのとこっていうのですよ、誰もが。ということは、竹の子は生のうちに皮をむかんと、梅干しチュッは出きんというこっちゃ。皮ごと茹でて、ビチャビチャになった皮は、捨てるしか能があれへんもんね。

 皮ごと茹でた竹の子の味、もちろんそれもよろし。けど、皮をむいてから茹でた竹の子もおいしさや柔らかさに変りなし。むしろ、茹でたり、水にさらす時間が味の決め手。

撮影:添田明也 スタイリング:チームKATSUYO

 そんなら生のうちに皮をむいて茹でたほうが茹でる湯も少なくてすみ、鍋もでっかくなくていい。それに、竹の皮は生で、乾いたまま捨てたほうがずっと燃えやすい。ただ、皮は竹の子を柔らかくする作用を持っているので、むかないで茹でるというのなら、一、二枚だけ残して茹でればいい。

 料理法って、いろんな方法があっていい。こうあらねばとしばられること多からじ。


小林カツ代 (1993年復刻掲載)
「小林カツ代の読むだけで美味しいはなし」