遠くインドの東部地方が原産といわれている茄子は、8世紀末頃の奈良時代に、中国を経て日本へ伝えられたとされています。奈良時代の『正倉院方書』には、茄子を献上したという記録が残っているということからも、その頃から栽培がはじまっていたことがわかります。元々は熱帯性のナス科の植物ですが、日本人の好みにあったのか、すっかり日本の地に定着し、北は東北から南は九州まで全国区で作られるようになっていきました。また世界的に見ても、その歴史の古さから様々な品種が生まれています。
「一富士 二鷹 三なすび」この言葉は一般的に、縁起のよい初夢の順番と言われています。
日本が誇る富士山と、茄子が並んで出てくるのは、江戸時代、駿河の国は三保の辺りで栽培されていた茄子が最上とされていたことに由来するという説があり、“初なりの茄子”ときたらそれは高価で、将軍にうやうやしく献上されるほど人気があったとう話が語り継がれています。徳川家康の好きなものという説もあり。
いまでも、浅草あたりにいくと、お正月献上品菓子して小さい茄子の砂糖漬けが江戸菓子として残っている和菓子屋もあり、江戸時代に思いを巡らせることができます。初茄子は、初鰹、初鮭、初茸にならぶ、江戸時代の“初物四天王”というところでしょうか。
茄子は、どのスーパーマーケットにも一年中ある中長茄子(千両茄子)が中心ですが、これは、一年中安定して栽培されるよう一般化した種で作られた茄子です。そうはいっても夏に収穫量のピークを迎え、秋になるとアクは強くなりますが、美味しさはアップします。
また、茄子の歴史の古さからも市場には出回ることのない、その土地土地の名物となる茄子が個性豊かに栽培されています。大きさもゴルフボール状の小さいものから、長〜い茄子、ボウルみたいな茄子など国産だけでもその種類の多さと個性に驚きます。
イタリア料理の発展とともに、欧米種の茄子も輸入され、積極的に栽培をはじめた農家も増えつつあります。和ものか、外国ものかを見分けるざっくりとした方法として「ヘタも紫色のものが和もの茄子」で「ヘタが緑色のものが欧米もの」という区別の仕方があります。
茄子のバラエティは富んでいて、一番最初にあげた、【中長茄子(千両茄子)】のほかに知名度が高いのが【水茄子】。これは大阪、泉州岸和田が特産でかなりの高値がつくことで有名です。
また、高値といえば、【丸茄子】の代表で京都の「賀茂茄子(かもなす)」は有名なところ。その他にも、新潟の魚沼巾着茄子。奈良の大和茄子、長野丸茄子、小布施丸茄子など、各地方の丸茄子はそれぞれに美味しい。
中長茄子(千両茄子)と違って、果肉がきめ細やかで、油をあまり吸わないのも特徴で、繊細な和食には欠かせないものとなっています。また山形県の【畑茄子(はたなす)】は、平成22年に最上伝承野菜に認定され、その肉質のきめ細やかな味は、高値の京都の賀茂茄子と味は劣らず。
【小茄子】の代表は、山形の民田茄子、出羽小茄子、高知小茄子、埼玉小茄子、熊本のばってん茄子、金澤のヘタ紫茄子、新潟の十全など。
【長茄子、中長茄子】の代表は、福岡の大長茄子。50cmくらいに成長することも。この茄子は、キッチンスタジオの近くの八百屋で夏になると盛大に声をあげて、八百屋さんが売っています。ほかに愛媛の長茄子、長野のていざ茄子、新潟の焼き茄子、宮崎の佐土原茄子など。
【卵形茄子】は栃木の式部茄子、東京江戸野菜の寺島茄子、岡山の千両茄子、埼玉の真黒茄子、石川のヘタムラ茄子など。
品種が書ききれないほどありますが、一般的な紫色の茄子のほかに、白、縞、緑、紫のまだらなど、様々な色の茄子もあります。その中でも特に注目したいのは【緑茄子(青茄子という)】という、特別栽培農産物認定の狩留家茄子です。広島の狩留家という、今でも江戸時代の歴史と自然を残した土地で作られており、色は緑。たった3件で作られていた自家用の茄子は、2012年に“NPO狩留家”を立ち上げ、収穫数を年々伸ばし、またその評価とともに、知名度も上がりつつあります。
まだまだ茄子は、全国行脚しないと知らない茄子がありそうですね。茄子好きさんは、どこかに行ったら、その土地土地の茄子をぜひ味わってほしいところです。
最初の栄養学と話が少々かぶりますが、茄子に含まれる“ルチン”は血管の弾力を保って血流をスムーズにしてくれる血管強化の働きがあること、紫色のもとになっている“ナスニン”というアントシアニン系ポリフェノールには、抗酸化作用があって血栓防止や高血圧予防も期待できることや、食物繊維も含まれ、“90%以上は水分”でできているところから「硬い便をやわらかくしてくれ便秘防止」につながることが近年の研究で、分かりました。その効果を考えると、今から400年も前に記された効能のすごさに驚かずにはいられません。
さらに『本草綱目』には、普通は食べることのない『茄子のヘタ』についても効能が載っています。それは、茄子のヘタを黒く焼いて乾燥させ、粉末にしたものを口内炎や歯痛、歯茎の腫れなどに塗るという手法。こちらも茄子が持つ解熱、消炎、消腫の作用からきているらしいのです。
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なすびただ ヘタを切りつつ灰に焼き 口のうちなるかさに付へし
出典;『和歌食物本草』(寛永七年刊)より
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このヘタ療法、日本でも古くから民間療法として利用されているらしいのです。
キッチンスタジオでは、まだ試したことがないため、効果のほどはよくわかりませんが、「これがかなり効くのよ!」という人もいます。作る手間がかかるので、歯が痛くなってから作るのはとても無理なこと。時間があって、茄子のヘタがちょっと多めにあるときに作って、常備しておくのも良いかもしれません。根性のある人はぜひお試しください。ご一報いただいた方にはカツ代の本をプレゼントしたいと思っていますよ。
小林カツ代の大好きな野菜のナンバーワンにずーっと君臨してきた茄子は、まだまだ勉強していきたいと思っています。秋が深まってきたら、アツアツの味噌田楽にでもしません?
調理
料理によってはすっかり皮をむくものもあり、その場合はできるだけ薄く剥き、塩水に浸けましょう。また、一般的に一年中、手に入る中長茄子(千両茄子)は果肉がスポンジ状で油をいくらでも吸うのが特徴なため、油の使い過ぎに注意です。
火加減を少し弱めて、炒めていけば、そのうち熱々になってきますので、焦げないよう火加減で調節するようにしましょう。
また、茄子の皮のピカッ、ツルッとした光沢のある皮は自然界から生まれた産物の色ツヤであり、他には見当たりません。この色を料理人の間では紫紺色と言ったり、一般的にはナス紺と言ったりします。
この紫色の色素は、鉄やアルミニウムなどの金属と反応すると、鮮やかな紫色(黒紫)になります。ぬか漬けや水漬けなどで、ミョウバンや釘を使うのはこのためです。
庶民にとって大事な野菜!?
江戸の中後期には茄子は砂村(現江東区)や寺島(現墨田区)などで盛んに栽培され、庶民にとっても初夏から晩秋の大事な野菜となりました。江戸時代の元禄10年(1697年)に刊行された『本朝食鑑(ほんちょうしょっかん)』に以下のような面白い記述がありましたので、ご紹介します。
「蔬園中でただこれだけを、益のないものであるともいう。けれども、当今我が国では、夏時から秋の末にかけて、生茄を食べないということはない。上下ともに好んで嗜んでいる。あるいは香の物として常食し、糟・醃・甘漬にしては、春になって水に漬(ひた)し、漬味を去ったものを和物(あえもの)とし、羹(あつもの)として食べて、生のものにおとらないと誇っている。」
※『本朝食鑑』:著者の人見必大(ひとみひつだい)。日本の食物を12部に分け、性質、気味、主治効能、食方などを詳しく説明した本草書。
茄子は体を冷やす作用があると昔から言われている
1596年、中国明の時代に李時珍(りじちん)が書いた本草書『本草綱目(ほんぞうこうもく)』巻二十八・菜部に茄子は登場する。
「性味は甘味・寒性・無毒。長らく冷え性の人がたくさん食べると人を損じ、できものや慢性の病を発したりする。また腹痛や下痢を起こしたり、女性は子宮を傷つける。」
さらに茄子の効能として、「散血止痛、消腫寛腸(血の滞りを取り除いて痛みを止め、腫れを解消し腸を広げる)」と記載されている。
出典:本草書『本草綱目(ほんぞうこうもく)』巻二十八
江戸時代から促成栽培って驚き!!
江戸時代の旬の話・・・冬場は古漬け以外に食べられなかった茄子。生のものに劣らない…というものの、どうにか新鮮なまま食べられないものか、と考え出されたのが「早出し」。いまで言う「促成栽培」のはじまりのようなもの。
江戸のゴミや切り藁、馬糞を混ぜた堆肥を積んで発酵させ、その発酵熱で地面の温度を上げ、炭火を炊いて温床を作り、油障子と筵(むしろ)で覆って保温し育てていたという記録が残っています。
茄子は熱帯性植物なので、冬に栽培するのは大変な作業だったはず。当時の人々の努力で、冬でも出回るようになった茄子。ことに、正月に初物の茄子を食べるのは最高の贅沢で、庶民の口には到底入らなかったようですよ。
今でこそ、茄子は季節に関係なく安定的な価格でスーパーに並んでいるのが当たり前のように思いがちですが、これはまさしく促成栽培のおかげ。こんな古くから促成栽培が行われていたことに驚きです。