西洋料理から洋食へ、年月をかけて今やおなじみのメニューに絞られ、いわゆる洋食と呼ばれる様になった料理たち。
ライスオムレツとオムライス
黄色い卵と赤いケチャップ、愛らしい形。誰もが心躍る洋食メニューの定番、オムライス。
その発祥として有名なのは2軒の老舗洋食店です。ひとつは東京銀座の「煉瓦亭」。従業員の賄いとして、スプーンひとつで手早く食べられるものはないかと生まれたライス入りのオムレツは賄いの定番となり、それを食べているところを見かけた客が「自分もあれが食べたい」と言いだしたのがきっかけでメニューに加わったのがはじまり。
もう一方は大阪汐見橋(今の浪速区)の「パンヤの食堂(後に北極星となる)」。いつもオムレツとライスばかり注文する胃腸の弱い常連客の為に店主が作った、玉ねぎとマッシュルーム入りのケチャップライスを卵で包んだ料理。感動した客に料理名を聞かれ、とっさに答えた店主。「オムレツとライスでオムライスでんな」。これもはじまり。
東と西で生まれたオムライス。どちらが元祖かは不明ですが、これからも末長く愛される日本の洋食である事は確かです。
グラタンはフランス
ドリアは日本生まれ?!
ちょいと柔らかめのマカロニがまとった、熱々でまっ白なソースの上にはチーズの香ばしい焦げ目…嗚呼、グラタン。そう、このこんがり焦げ目こそがグラタンの語源と言われています。
グラタン(gratin)は鍋底のおこげを意味するフランス語で、ソースと材料を合わせて焦げ目がつくまで焼いたものなら、なんでもグラタン。フランスのドーフィネ地方発祥のオーブン料理です。昭和初期の料理書には紹介されていたマカロニグラタンですが、その仲間ともいえるドリアの登場はもう少し後の様です。考案したのはスイス人のフランス料理シェフ、サリー・ワイル氏。場所は横浜のホテルニューグランド。ある日、ホテルに宿泊していた客が体調をくずし、何か喉の通りが良く栄養価の高いものを食べてもらおうと考えて作った料理がドリアの始まりと言われています。おや?!どこかのオムライスの様な…。
クロケット・コートレット・
エビフリャー
今や定番のお惣菜として欠かせないコロッケですが、もとはフランスのクロケット(croquette)から生まれたと言われています。
クロケットはホワイトソースと肉や魚介をあえ、小麦粉、卵、パン粉の衣をつけて揚げる料理、いわゆるクリームコロッケの事です。
フォークとナイフで食べる西洋料理のご馳走だったクロケットが、じゃが芋と少しの肉で出来る庶民のおかず、コロッケとして広まったきっかけは謎に包まれていますが、後に大正三大料理のひとつとなるまで広まったのは、当時流行った「コロッケの歌」の影響が大きいようです。
♪ワイフ貰って嬉しかったが いつも出てくるおかずがコロッケ〜 今日もコロッケ〜 明日もコロッケ〜 これじゃ年がら年中コロッケ〜 アハハッハ アハハッハ こりゃ可笑しい♪
煮込みが美味しい季節になります
肉や野菜をじっくり煮込んだ料理の総称をシチューといいますが、多くの日本人がシチューと聞いて、まず思い浮かべるのは、ビーフシチューとクリームシチューなのでは?!
ビーフシチューは本格的な洋食メニューとして、明治の中頃にはレストランで作られていました。明治の終わりには西洋料理のひとつとして家庭雑誌に登場します。しかし、高級なビーフシチューが一般家庭へ広まるのはまだ少し先の事、そしてクリームシチューはもっと先。明治時代の日本では牛乳にまだ馴染みがなく、薬の延長の様な存在だったからです。
クリームシチューが日本中に知れ渡ったのは、戦後の学校給食がきっかけです。そしてお母さんが作る家庭料理として定着したのは市販のルウが発売された1966年以降の事。その後、ビーフシチューのルウも発売され、両者とも冬の定番家庭料理となったのです。