水の中に昆布をポンと入れる。フツフツしてきたら、ばさりと鰹節を入れて網で濾して使う。インスタントと違うのは、昆布とかつおを入れる、濾す、絞る。この3つの工程が入ることですが、この工程、時間にしてたった1分というところ。
味の格差を考えると、たったこの1分を惜しむことは、ホントにもったいない。驚くほど味が違うんです!昆布を煮だし、花かつおを入れた時点で台所中がおいしそうな、あの香りに包まれる…
家中がこの匂いに包まれると、家族は、今日の夕飯はなんだろう?と心から思ったり、勉強していた子供たちが部屋から出てきたりして。
私の幼少期の記憶は匂いと一緒にあるといっても過言じゃない。インスタントのだしは、おたすけにはなる。つかったこともある。とった出し汁が、薄かったなぁ、というときはおたすけとして、最後にパラリと加えるような使い方をすることもある。
しかし、残念ながらインスタントでは幸せの香りがあまり感じられない。昆布と鰹節でとった出し汁で作ったおつゆを飲む時は、まずはふわ〜っとした香りを感じる。この瞬間に人間の五感の一部がものすごく感じ、刺激され、それとほぼ同時に口の中におつゆの美味しさが広がると、この時点で疲れがふ〜っと、抜けていくのが分かる。
汁物が主役になることはないだろうけれど、演劇でいえば名脇役がなければ、主役がたつことはないくらい、吸い物や味噌汁の存在は、けっして大げさな話ではなく、日本人の魂にとって大きな存在なのです。1日1回飲むという計算をしても、汁物と食卓の歴史はどれくらいの時を刻んできたのでしょう。
吸い物や味噌汁のおいしさは、日本人のDNAに誰しもが入っているはず。なんとなくインスタント顆粒のパラパラを使っている人でも、そのおいしさの違いは知っているはずだから、今日からでもまた、時々でもいいから作ってほしい。あの幸せ感いっぱいのだしの香り立つおつゆを、この気ぜわしいこの時代だからこそ、大切にしたい。
(文:本田明子)